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INFO:
「妹とは、別れてください」病院の待合室で、俺は言われた_「会わせてください」「ごめんなさい、それはできません」「どうしてですか?」「妹はいま、記憶障害を起こしてます」「え」「知ってますよね? 私の妹が学校でいじめられていたこと」「待ってください、知りません」「そうですか……」「学校が、違くて……」俺はそう言いながらも、気付けなかった自分に情けなくなった_「妹は、学校の階段から突き落とされました」彼女のお姉さんは、俺が知らなかった事実を次々と口にした_「命は取り留めたけど、頭を打って記憶障害を起こしてます」俺は、顔を上げた_「ひどいことを言ってるのは重々承知です、でも、妹にはもう思い出してほしくないんです」彼女のお姉さんは、俺の目を見つめた「いつも、妹の部屋からは泣き声が聞こえていました、このまま妹には、違う人生を歩んでほしいんです」お姉さんの目には、涙が見えた_俺は声を振り絞って「わかりました」と言った_そもそも彼氏でありながら、彼女がいじめにあっていることに気付けなかった自分に、会う資格はないと思った_「これだけ、返しておきます」彼女のお姉さんはそう言って、俺に1冊の本を差し出した_「これ、あなたのですよね?」差し出された本を、俺は両手で受け取った_「これは、彼女にプレゼントした本です、なので……」「ごめんなさい、返します、いまも時々、この本を開いてるときがあって……」「そうですね、思い出すといけないですね……」俺は本を胸に抱えた_「ごめんなさい」お姉さんは頭を下げた_病院を出るとき、彼女のお姉さんが駆け寄って来た_「あの、きっといじめられてることを言わなかったのは、幸せすぎたからだと思います」俺は、振り返ることができなかった_「いつも妹は、あなたのことを話すとき、幸せそうでした、妹に幸せな時間を与えてくれて、ありがとうございました、どうか幸せになってください、ごめんなさい」俺は「はい」とつぶやいて、病院を出た_帰りのバスで、俺は本を開いた_本の中には、映画の半券が挟まっていた_それは、付き合う前にふたりで行った映画の半券だった_『もしね、私の人生にエンドロールがあるとしたら、あなたの名前はいちばんおっきく流してあげる』映画を観たあと、彼女はそう言ってくれた_いまはもう、彼女の中に俺はいなかった_けれど、いつか訪れる彼女のエンドロールに、俺の名前が入るのなら、それでいいと思った_ちいさくてもいいから、彼女の一部になれたのなら、それでよかった_まぶたを擦ると、数字が目に入った_それは、半券が挟まれていたページの番号で『26』だった_偶然なのか、それはふたりの記念日だった_ほほを流れる涙が、あご先を離れてしまう前に、俺は本を閉じた_悔しくて、悲しくて、手のひらを強く握りしめた_ぐしゃぐしゃになった半券を、おでこに当てて顔を伏せた_降りるべきバス停に着いても、俺は席を立つことができなかった_いまはただ、涙が枯れてくれるのを待つことしかできなかった_俺のいない彼女の幸せなんか、まだ願うことはできなかった_